日本列島で土器の使用が始まる
日本列島では世界的にも早い時期から土器が使われ始めました。煮炊きや食料の加工・保存など、生活のあり方を変える重要な道具となります。
小学6年生・中学生 社会|日本史
縄文時代には土器が使われ、狩り・採集・漁を組み合わせながら、同じ場所に長く暮らす生活が広がりました。竪穴住居、貝塚、土偶、集落など、遺跡から分かる人々の暮らしをつなげて学びます。
STEP 1|まず全体像
旧石器時代の人々は、獲物や食べられる植物を求めて移動しながら暮らしていました。縄文時代になると、土器を使って食べ物を煮たり保存したりするようになり、竪穴住居をつくって同じ場所で長く暮らす生活が広がります。
STEP 2|重要年表
縄文時代には文字による記録が残されていないため、当時の暮らしは、土器や住居跡、貝塚などの遺跡・遺物から考えていきます。どのような道具を使い、何を食べ、どのような場所で暮らしていたのか。残された資料を手がかりに、縄文時代の生活の変化を見ていきましょう。
日本列島では世界的にも早い時期から土器が使われ始めました。煮炊きや食料の加工・保存など、生活のあり方を変える重要な道具となります。
縄文時代の始まりにあたる時期で、土器の利用が広がっていきました。旧石器時代から縄文時代へ生活文化が変化していく段階です。
縄文時代には狩猟・採集・漁労を組み合わせ、一定の場所に長く暮らす生活が広がりました。自然の資源を多様に利用した社会が形成されます。
縄文時代には、多数の住居や施設をもつ大きな集落もつくられました。人々が長期間同じ場所で生活し、共同生活を営んだことが分かります。
貝塚には食べた貝の殻だけでなく、動物の骨や道具なども残されています。縄文時代の食生活や環境、暮らしを知る重要な遺跡です。
土偶は人の姿を表した土製品で、祈りや祭祀に使われたと考えられています。縄文時代の人々の精神文化を知る手がかりです。
産地が限られる黒曜石やヒスイが遠く離れた地域の遺跡からも見つかります。縄文時代に地域を越えた交流や物資の移動があったことを示します。
STEP 3|縄文人の暮らし
縄文時代の人々は、シカやイノシシなどを狩り、木の実や植物を採集し、海や川では魚や貝をとりました。自然から得られるさまざまな食料を利用して生活していました。
住まいには、地面を掘り下げて床をつくり、柱を立てて屋根をかけた竪穴住居が使われました。複数の住居が集まった遺跡からは、人々が同じ場所で長く暮らし、集落をつくっていたことが分かります。
STEP 4|縄文土器・貝塚・土偶
表面に縄目などの文様が見られる土器です。煮炊きや食料の加工・保存などに使われ、食生活を大きく変えました。
食べた貝の殻だけでなく、動物や魚の骨、道具なども残っています。当時の食べ物や暮らしを知る手がかりです。
人の姿を表した土製品です。祈りや祭りに使われたと考えられ、縄文時代の人々の精神文化を知る資料になります。
STEP 5|代表的な遺跡
三内丸山遺跡は青森県にある縄文時代の大規模な集落跡です。多くの竪穴住居や建物の跡などが見つかっており、人々が長い期間にわたって同じ場所で暮らしていたことを知る重要な手がかりになっています。
縄文時代を学ぶときは、道具の名前だけを覚えるのではなく、「なぜその遺物が残っていると暮らしが分かるのか」を考えることが大切です。住居跡は定住、貝塚は食生活、土器は調理や保存というように、資料と生活を結びつけてみましょう。
STEP 6|TEXtTEXt
ここからはTEXtTEXtに実際に登録されている小学6年生・社会「国家の形成」の問題です。縄文時代の暮らし、縄文土器、竪穴住居、貝塚、三内丸山遺跡に関する問題から出題します。
縄文時代の食料の集め方として正しいものはどれですか。
縄文土器の特徴として正しいものはどれですか。
竪穴住居の特徴として正しいものはどれですか。
STEP 7|次の時代へ
縄文時代の後、北部九州では水田を使った稲作が始まり、弥生文化が形成されていきます。米をつくって蓄える生活が広がると、人々の暮らしだけでなく、集落や社会の仕組みも変化していきます。
縄文時代と弥生時代を比べるときは、食料をどのように得たか、どんな道具を使ったか、社会がどう変わったかに注目すると違いを整理しやすくなります。
縄文土器によって、食べ物を煮たり加工・保存したりすることができるようになりました。
竪穴住居をつくり、同じ場所に長く暮らす生活が広がりました。大規模な集落も形成されました。
貝塚、住居跡、土器、土偶などから、食生活や住まい、祈りや交流の様子を知ることができます。
縄文土器、竪穴住居、貝塚、土偶は、ばらばらの暗記項目ではありません。残された資料をつなげることで、人々が自然を利用しながら定住し、集落で暮らしていた姿が見えてきます。