倭人が西晋に使いを送り、朝貢する
倭人が西晋へ使者を送り朝貢したことが中国の史書に記されています。この後、中国史書では倭に関する記録がしばらく少なくなります。
小学6年生・中学生 社会|日本史
3世紀後半ごろから、日本列島では有力者の大きな墓である古墳が各地につくられるようになりました。古墳の形や広がり、出土品を手がかりに、ヤマト政権が勢力を広げ、大王を中心とする政治のしくみが形づくられていく流れを学びます。
STEP 1|まず全体像
弥生時代には各地に「くに」が生まれました。その後、有力者たちは大きな墓である古墳を築くようになります。特に大和地方を中心とする有力な豪族たちのまとまりは、しだいに各地へ勢力を広げていきました。これをヤマト政権と呼び、その中心となる人物は大王と呼ばれました。
STEP 2|重要年表
古墳時代は、文字による国内の記録だけでなく、古墳や副葬品などの考古資料、さらに中国の歴史書なども手がかりにして考えます。出来事を一つずつ暗記するのではなく、ヤマト政権が各地との結びつきを強めていく流れとして見てみましょう。
倭人が西晋へ使者を送り朝貢したことが中国の史書に記されています。この後、中国史書では倭に関する記録がしばらく少なくなります。
『日本書紀』には、百済へ任那四県を与えたとする記事があります。6世紀初めのヤマト王権と朝鮮半島諸国との複雑な関係を示す記録です。
筑紫国造磐井がヤマト王権と対立し、大規模な戦いとなりました。九州の有力豪族とヤマト王権との関係を考える重要な事件です。
ヤマト王権は磐井の乱を鎮圧しました。これにより九州北部への王権の影響力が強まり、地方支配を進める契機となりました。
百済から仏教が公式に伝えられた年には複数の説があり、538年はその有力説です。仏教はその後、日本の政治や文化に大きな影響を与えます。
『日本書紀』では552年に百済から仏教が伝えられたと記されています。538年説と並ぶ仏教公伝の代表的な年代です。
蘇我馬子らは仏教受容をめぐって対立した物部守屋を滅ぼしました。蘇我氏の勢力が強まり、仏教を取り入れた政治と文化が進む契機となります。
STEP 3|古墳から分かること
古墳は、王や豪族など有力者のためにつくられた大きな墓です。円墳、方墳などさまざまな形があり、なかでも円形と方形を組み合わせた前方後円墳は古墳時代を代表する形として知られています。
大規模な古墳を築くには、多くの人々を動かし、長い時間をかけて工事を進める力が必要です。そのため、古墳の大きさや分布を調べることは、当時の有力者の力や政治的なつながりを考えることにつながります。
STEP 4|埴輪と副葬品
古墳の周囲などには、円筒形のものや、人・家・動物などをかたどった埴輪が並べられました。当時の服装や暮らしを考える資料にもなります。
鉄剣やよろいなどの出土品は、有力者が持っていた軍事的な力や、鉄を利用する技術を知る手がかりになります。
鏡や玉、金属製の装身具などから、権力を示す品々や、大陸・朝鮮半島との交流を考えることができます。
STEP 5|ヤマト政権
大和地方を中心とする有力な豪族たちは政治的なまとまりをつくり、その中心に立つ人物は大王と呼ばれました。大王を中心とするヤマト政権は、各地の豪族との関係を築きながら勢力を広げていきます。
古墳が大和地方だけでなく各地に広がっていることは、各地域の有力者が互いに孤立していたのではなく、広い政治的なつながりをもっていたことを考える手がかりになります。古墳時代は、日本列島で国家の形がしだいに整っていく重要な段階です。
STEP 6|渡来人と東アジア
古墳時代には、朝鮮半島など東アジアとの交流が活発に行われました。大陸や朝鮮半島から日本列島へ移り住んだ人々を渡来人と呼びます。
渡来人は、鉄を加工する技術、土木や建築、機織り、須恵器など、さまざまな技術や文化を伝えました。ヤマト政権の成長を、日本列島の中だけで考えるのではなく、東アジアとの交流と結びつけて考えることが重要です。
STEP 7|TEXtTEXt
ここからはTEXtTEXtに実際に登録されている社会の問題です。古墳、ヤマト政権、大王、豪族、渡来人など、古墳時代の重要事項を文章から読み取って確かめます。
古墳から分かることとして最も適しているものはどれですか。
大和政権が勢力を広げた様子として正しいものはどれですか。
大規模な古墳から、そこに葬られた人物についてどのようなことが考えられますか。
古墳の規模や形、出土品、分布は、当時の有力者の力や地域どうしのつながりを知る資料です。
大和地方を中心に有力豪族がまとまり、大王を中心として各地へ勢力を広げていきました。
渡来人がさまざまな技術や文化を伝え、ヤマト政権や日本列島の社会に大きな影響を与えました。
弥生時代に各地に生まれた「くに」は、古墳時代になるとさらに大きな政治的なまとまりへと変化していきます。古墳、ヤマト政権、大王と豪族、そして東アジアとの交流をつなげると、次の飛鳥時代へ続く日本の国家形成の流れが見えてきます。