小学6年生・中学生 社会|日本史

戦国時代とは?
応仁の乱から、戦国大名が争う時代を学ぼう。

1467年に始まった応仁の乱をきっかけに、室町幕府の力はさらに弱まりました。各地では実力で領国を支配する戦国大名が成長し、下剋上の動きも広がります。鉄砲やキリスト教が伝わり、日本が海外との交流を深めていくところまでを一つの流れで学びます。

STEP 1|まず全体像

戦国時代は、各地の大名が自分の領国を支配した時代

応仁の乱の後、室町幕府の支配力は弱まり、各地では守護大名や国人などから成長した戦国大名が領国を支配するようになりました。家柄だけではなく、実力によって勢力を伸ばす動きが目立つようになります。

応仁の乱1467年に京都を中心として始まり、長期の争いによって幕府の力がさらに弱まりました。
戦国大名と下剋上各地の大名が独自の法律や城下町を整え、領国を直接支配するようになりました。
海外との新しい交流鉄砲やキリスト教が伝わり、ヨーロッパとの交流も始まりました。
戦国時代を考えるポイント
「幕府の弱体化 → 戦国大名の成長 → 領国支配 → 鉄砲・キリスト教の伝来」をつなげて見ていきましょう。

STEP 2|重要年表

応仁の乱から、戦国大名と海外交流の広がりまで

歴史博士の戦国時代の公開年表から、基礎レベルの重要な出来事を表示しています。

1467

応仁の乱が始まる

将軍家や有力守護の家督争いを背景に応仁の乱が始まりました。京都を中心に約11年続き、幕府の統制力低下と戦国社会への移行を促します。

1468

応仁の乱の戦闘が京都で続く

応仁の乱の戦闘が京都で続く。有力大名や国人が領国と権力をめぐって争い、下剋上と地域権力の再編が進む戦国時代の一場面です。

1468

雪舟が遣明船で明へ渡る

雪舟は遣明船で明へ渡り、本場の水墨画を学びました。帰国後に独自の画風を築き、日本の水墨画を代表する画家となります。

1469

雪舟が明から帰国する

雪舟が明から帰国する。応仁の乱後に幕府の支配が揺らぎ、各地の戦国大名や地域社会が新たな政治・経済秩序を形成する流れを示します。

1477

応仁の乱が終結する

約11年続いた応仁の乱が終結しました。しかし各地では守護や国人の争いが続き、戦国時代へ向かう政治的分裂が進みます。

1486

雪舟が『山水長巻』を描く

雪舟が『山水長巻』を描く。応仁の乱後に幕府の支配が揺らぎ、各地の戦国大名や地域社会が新たな政治・経済秩序を形成する流れを示します。

1500

応仁・文明の乱後に中断していた祇園祭の山鉾巡行が復興する

応仁の乱で中断していた祇園祭の山鉾巡行が町衆によって復興されました。都市住民が京都の文化を支える力を持ったことを示します。

1467以降

応仁の乱を避けて文化人や職人が地方へ移る

応仁の乱を避けた公家・僧侶・文化人・職人らが地方へ移りました。これによって京都の文化や技術が各地へ広がる契機となります。

15世紀後半

応仁の乱後、西陣で織物業が発展する

応仁の乱後、京都の西陣では織物業が発展しました。現在まで続く西陣織の産地形成につながる都市産業の発展です。

1533

石見銀山に灰吹法が導入され、銀生産が大きく発展する

石見銀山に灰吹法が導入され、銀生産が大きく発展する。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1543

日本に鉄砲が伝来する

種子島に漂着したポルトガル人を通じて鉄砲が日本へ伝わりました。国内で急速に生産・普及し、戦国時代の戦い方にも影響を与えます。

1543以降

日本国内で鉄砲の生産が始まる

日本国内で鉄砲の生産が始まる。戦国大名が軍事・法律・経済を整え、領国を一元的に支配しようとする動きの中で重要な意味を持ちます。

1549

フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸する

フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しました。日本で本格的なキリスト教布教が始まり、南蛮貿易とも結び付いて信者が増えていきます。

1549

日本でキリスト教の布教が始まる

日本でキリスト教の布教が始まる。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1549

ザビエルが日本でキリスト教布教を始める

ザビエルが日本でキリスト教布教を始める。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1550

フランシスコ・ザビエルが京都を訪れる

フランシスコ・ザビエルが京都を訪れる。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1551

ザビエルが日本を離れる

ザビエルが日本を離れる。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1551

ザビエルが大内義隆の許可を得て山口で布教する

ザビエルが大内義隆の許可を得て山口で布教する。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1551

ザビエルが豊後で大友義鎮(宗麟)と会う

ザビエルが豊後で大友義鎮(宗麟)と会う。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1560

桶狭間の戦いが起こる

織田信長が桶狭間で今川義元の大軍を破りました。この勝利によって信長は勢力を伸ばし、今川氏の支配も大きく揺らぎます。

1563

大村純忠がキリスト教の洗礼を受ける

大村純忠がキリスト教の洗礼を受ける。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

1564

徳川家康が三河一向一揆を鎮圧する

徳川家康が三河一向一揆を鎮圧する。村落や宗教組織の結び付きが強まり、民衆や国人が集団で地域政治に関わる戦国社会の特徴を示します。

1566

松平家康が徳川家康を名乗る

松平家康が徳川家康を名乗る。応仁の乱後に幕府の支配が揺らぎ、各地の戦国大名や地域社会が新たな政治・経済秩序を形成する流れを示します。

1572

武田信玄が徳川家康を破る

武田信玄が徳川家康を破る。応仁の乱後に幕府の支配が揺らぎ、各地の戦国大名や地域社会が新たな政治・経済秩序を形成する流れを示します。

1540年代

堺などで鉄砲の生産が広がる

堺などで鉄砲の生産が広がる。戦国大名が軍事・法律・経済を整え、領国を一元的に支配しようとする動きの中で重要な意味を持ちます。

1550年代

九州を中心にキリスト教が広がる

九州を中心にキリスト教が広がる。戦国期の日本が東アジアやヨーロッパを含む国際交易へ深く組み込まれていく流れを示す出来事です。

16世紀後半

鉄砲が戦国大名の軍隊に急速に普及する

鉄砲は伝来後に国内生産が進み、戦国大名の軍隊へ急速に普及しました。集団的な鉄砲運用は戦術や城郭にも影響を与えます。

STEP 3|応仁の乱

京都での大きな争いが、戦国の世への転換点になる

1467年、将軍家の後継問題や有力な守護大名どうしの対立などが重なり、応仁の乱が始まりました。細川勝元を中心とする東軍と山名宗全を中心とする西軍が京都で戦い、争いは約11年に及びました。

乱が終わっても各地の争いは収まらず、室町幕府が全国をまとめる力は弱まっていきます。ここから、地域ごとの勢力が自らの力で領国を支配する時代が進んでいきました。

STEP 4|戦国大名と下剋上

実力で領国を支配する戦国大名が成長する

戦国時代には、もともとの守護大名だけでなく、守護代や国人などから勢力を伸ばす者も現れました。身分が下の者が実力で上の者を倒して地位を奪うような動きを下剋上といいます。

戦国大名は家臣をまとめ、土地や農民を把握し、領国内の争いをおさえるために分国法を定めるなど、それぞれの地域で独自の支配を進めました。

STEP 5|重要な人物

戦国時代を動かした人物を、歴史博士から確認しよう

人物解説には歴史博士で実際に使われている人物データを利用しています。

細川勝元

室町幕府の管領を務めた守護大名で、将軍義政の政権を支えながら畠山・斯波両氏の家督争いにも介入した。応仁の乱では東軍の総帥となり、山名氏を中心とする西軍と対立した。禅宗を保護し、京都の龍安寺を創建したことでも知られる。

山名宗全

室町時代の有力守護大名で、山名氏の勢力を回復・拡大し、但馬など多数の守護職を握った。将軍家や畠山・斯波両氏の継承争いが絡む応仁の乱では西軍の総帥となり、東軍を率いる管領家の大名と京都で長期戦を繰り広げた。1473年に乱の終結前に死去した。

北条早雲

伊勢氏出身。今川氏の内紛に関与して伊豆へ進出し、韮山を拠点に相模へ勢力を広げ、後北条氏の基礎を築いた。本人は生前『北条』を称していない。

武田信玄

戦国大名。甲斐の戦国大名。信濃へ勢力を広げ、上杉謙信と川中島で抗争した。領国法・検地・治水・金山開発などを通じて領国支配を進めた。

上杉謙信

戦国大名。越後の戦国大名。関東管領上杉憲政から上杉氏の名跡と関東管領職を継ぎ、北条氏・武田氏などと抗争した。川中島で武田信玄と複数回対陣した。

毛利元就

戦国大名。安芸の国人領主から中国地方の有力大名へ成長し、厳島の戦いで陶晴賢を破り、大内・尼子両勢力に代わって中国地方に広い勢力を築いた。

今川義元

駿河・遠江を支配し三河にも勢力を伸ばした。武田・北条との外交関係を調整し領国支配を整えたが、1560年の桶狭間の戦いで織田信長軍に討たれた。

フランシスコ・ザビエル

イエズス会創設者の一人。1549年に鹿児島へ上陸し、日本でキリスト教宣教を開始した。平戸・山口・豊後などで布教し、1551年に日本を離れた。

STEP 6|領国と城下町

大名は領国をまとめ、城を中心に町を発展させる

戦国大名は、家臣を城の周辺に集めたり、商工業者を呼び寄せたりして、政治と経済の中心となる町をつくっていきました。こうした城下町は、その後の近世都市の基礎にもなります。

また、鉱山の開発や交通路の整備、商業の保護などに取り組む大名もいました。戦国時代は戦いが続いた時代である一方、各地域で新しい政治・経済の仕組みが形成された時代でもあります。

STEP 7|鉄砲の伝来

1543年、鉄砲が日本へ伝わる

1543年、種子島に漂着したポルトガル人を通じて鉄砲が日本に伝わりました。鉄砲は国内でも生産されるようになり、堺などでも製造が広がります。

新しい武器は戦国大名の軍隊に取り入れられ、戦い方や城のつくりにも影響を与えていきました。日本の職人が短期間で製造技術を身につけたことも重要です。

STEP 8|キリスト教の伝来

1549年、ザビエルが日本で布教を始める

1549年、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、日本でキリスト教の布教を始めました。その後、キリスト教は九州などを中心に広がっていきます。

ヨーロッパ人との交易も活発になり、鉄砲などの品物だけでなく、新しい宗教や文化、知識が日本へ伝わりました。戦国時代の後半は、日本が世界とのつながりを広げていく時期でもありました。

STEP 9|TEXtTEXt

文章を読んで、戦国時代を確かめよう

ここからはTEXtTEXtに実際に登録されている社会の問題です。

TEXtTEXt|武士の政治の発展

応仁おうにんの乱らんと京都きょうと

応仁おうにんの乱らんでは、京都きょうとが長ながい戦たたかいの舞台ぶたいとなりました。町まちは大おおきな被害ひがいを受うけました。戦乱せんらんが各地かくちへ広ひろがるきっかけとなりました。

応仁おうにんの乱らんが各地かくちへ影響えいきょうを広ひろげた理由りゆうはどれですか。

TEXtTEXt|戦国〜安土桃山

戦国時代せんごくじだいの争あらそい

戦国時代せんごくじだいには、各地かくちの大名だいみょうが自分じぶんの領地りょうちを守まもったり広ひろげたりするために争あらそいました。戦たたかいは1つの地域ちいきだけではありませんでした。各地かくちで争あらそいが続つづいたことが戦国時代せんごくじだいの特徴とくちょうです。

戦国時代せんごくじだいの特徴とくちょうとしてもっとも適切てきせつなものはどれですか。

TEXtTEXt|戦国〜安土桃山

鉄砲てっぽうを生いかした戦たたかい

織田信長おだのぶながは鉄砲てっぽうを戦たたかいで効果的こうかてきに用もちいました。勢力せいりょくをしだいに広ひろげ、全国統一ぜんこくとういつを目指めざしました。新あたらしい戦たたかい方かたが発展はってんしました。

織田信長おだのぶながが勢力せいりょくを広ひろげることにつながったものはどれですか。

戦国時代で押さえたいポイント

1

応仁の乱から戦国へ

応仁の乱をきっかけに幕府の力が弱まり、各地の勢力が自立していきました。

2

戦国大名の領国支配

戦国大名は分国法などを通して領国を直接支配し、城下町や産業を発展させました。

3

鉄砲とキリスト教

16世紀にはヨーロッパとの交流が始まり、鉄砲やキリスト教が日本へ伝わりました。

もっと詳しく調べる・問題を解く

幕府の弱体化から、戦国大名と海外交流の時代へ

戦国時代は、単に大名どうしが戦った時代ではありません。室町幕府の力が弱まる一方で、各地の戦国大名が領国を直接支配する仕組みをつくり、都市や産業も発達しました。さらに鉄砲やキリスト教の伝来によって、日本はヨーロッパとも直接つながり始めます。